2019年10月14日月曜日

"天井川"の用語混乱についての一考察~新語編~


先日のブログ記事「"天井川"の用語混乱についての一考察」ではひとまず地理学は土木・防災での定義を受け入れるべき、という結論であったが、土木・防災の側が譲って何か新語を作るべきではないかという考え方もあります。
今回はそんなことを考えていきたいと思います。

なお、前回は論文調でしたが、今回は内容的に論文調が合わないのでざっくばらんなブログ調でいきます。



川の形態を上記の3つに分類した場合、真ん中の「天井川?」をどう呼ぶかという話であるが、現状ではまとめて天井川と呼ばれている。
しかし、学術用語と民間の用語で意味に多少の差があることは別に珍しいことではないとはいえ、同じ語を違う意味で用いるのはなるべく避けるべきである。

さて、では天井川の代わりになんと呼んだらいいだろうか。
Twitterで募集した結果の中から私が気に入ったものを紹介します。

ハルレヤ。さん:堤防川
Koaraさん:恒常高水位川
毎日がエブリデイさん:築堤河川
川西まどかさん:準天井川
川西まどかさん:水面天井川

完全にただの私の趣味になってしまいますが、ハレルヤ。さんの堤防川が一番適切かなと思います。
理由としてはこのように変化する河川も内包できるからです。
”天井川”の定義を水面にした場合の最大の問題はいつの水面かです。降雨によっても影響しますし、農業(主に稲作)の影響も大きいです。ですので水面を基準にした場合、語の意味するところは厳密に定義すると”川の水面が周囲の地面より高い状態”を指すことになると考えられます。そうなった時に水面の高さの変化に対応できる語というと堤防川が適当なのではないかなと思います。











2019年10月7日月曜日

”天井川”の用語混乱についての一考察

”天井川”の用語混乱についての一考察


1.天井川とは

天井川とは「堤防内に多量の土砂が堆積し、川床が付近の平野面より高くなった川。」(デジタル大辞林 電子辞書版)などと定義される人口の河川地形である(図1)。

図1 天井川模式図

しかし、水面は周囲の平野面より高いものの、河床は周囲の平野面よりも低いもの(図2)を天井川とする”誤用”がなされることがしばしばある。

図2 天井川の"誤用"模式図

本稿ではそういった”誤用”を紹介しつつ、果たして"誤用"と断じてよいものかどうかを考察する。

2.天井川の"誤用"例

国土地理院が発行する土地条件図の初期整備版では天井川の定義として"誤用"も含むものになっている。

「天井川の部分は堤防によって囲まれ、河床または水面が堤内地より高い部分で、出水時に破堤が起れば、その周囲は極めて危険である」
建設省国土地理院(1985)『土地条件調査報告書(琵琶湖地区)』P25


「天井川:河床または水面が周囲の土地よりも高くなっている河川。出水すると、周囲の土地は著しい水害をうける可能性がある。」
国土地理院(2000)『土地条件図「和歌山」解説面』P3

ただし、これは2000年までで、2001年以降に整備されたものは以下のようになっている。

「天井川沿いの微高地:人工的に流路が固定された河川では、その後も旺盛な堆積作用の結果、河床が堤内地よりも高くなることがある。このような河川の堤防に沿って形成された半人工的な高まり」
国土地理院(2001)『土地条件図「岸和田」解説面』P2

しかし、2000年以前に整備された土地条件図の多くは廃刊になることなく今も現役であるため、"誤用"は流通し続けていると考えられる。


また、その他省庁や地方自治体でもこういった”誤用”は見られる。

大阪府高槻市
「高槻市の地形は、名神高速道路より南側は、平野部に市街地が広がっています。市内平野部を流れる河川は天井川(住んでいる場所よりも水面のほうが高い河川)となっているところもあり、水害の危険性が高くなっています。」
高槻市 都市創造部 下水河川企画課(2017)『高槻市水害・土砂災害ハザードマップ』P4


国土交通省九州地方整備局 筑後川河川事務所HP
「4.城原川の河川特性
城原川は、背振山地に降った雨を有明海まで流す「雨どい」の役割を持っているほか、水面が周辺の宅地より高い「天井川」などの様々な特徴を持っています。」
国土交通省九州地方整備局 筑後川河川事務所 城原川の現状と課題(http://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/gaiyou/jobarudam/jobarudam/03damu.html)2019年10月16日閲覧


他にも事例は多くある
出典:粟津清蔵 監修、国澤正和、西田秀行、福山和夫 著(2018)
『絵とき水理学 改定4版』P4

この絵ときシリーズは土木業界の入門書として広く知られているものであるが、そのうちの1冊である絵とき水理学では明らかに”誤用”の図が掲載されている。


ケーブルテレビ、イッツコムの放送コーナー「防災インタビュー」は放送後に内容がネット公開されている。そのうちのVol.69では元江戸川区土木部長の土屋信行氏のインタビューではこう紹介されている。
住んでいる所よりも川の水面のほうが高くなる現象を「天井川」といいますが、そのような状態になってしまったので、ここに大きな水が来るとすぐにあふれてしまいます。」
イッツコム 安心安全情報 防災インタビューVol.69 水害を防ぐために~先人の教えに目を向けて~(https://www.itscom.co.jp/safety/interview/276/)2019年10月16日閲覧


またインターネットサイトではあるが、「みんなで作る土木用語辞典」という辞典サイトにはこうある。
「天井川とは 上流から流れ出る土砂のため、川底が周辺の土地より高くなっている河川。低水位が地盤沈下などで周辺地盤より高い場合も便宜上呼ぶ場合がある。」
みんなで作る土木用語辞典(https://doboku.ezwords.net/yougo/%E5%A4%A9%E4%BA%95%E5%B7%9D.html)2019年10月16日閲覧


3.考察
以上7例と少ないが”誤用”事例を取り上げた。いずれも公的な組織や信頼におけると考えられる出典ではあるが公然と”誤用”を紹介してしまっている。しかしそれぞれの組織や媒体などを見ると傾向があるのがわかる。最初の国土地理院の事例を別にすると残りの5例は皆土木系なのである。

ではなぜ土木では”誤用”が用いられるのか。それは土木は人との関係を重視しているからだと考えられる。つまり、防災という観点の上では重要なのは河床ではなく水面の高さなのではないか。
堤防が決壊したときに一気に周囲の地面に流れ出し、大きな被害が起きる川というのは河床の位置に関係なく水面が周囲の地面より高い場合である。もし、河床が周囲の地面より低いからといって河床も水面も周囲の土地より低い河川と同じ扱いにした場合は大変なことになる。つまり、災害時のことを考えると分類の境界は河床ではなく水面である方が合理的なのである。
ただし、氾濫後の復旧は河床が周囲の土地より高いか低いかが重要になってくる。河床が周囲の地面より低い場合は堤防の修理をせずともある程度の水量は川に流れていくが、河床が周囲の水面より高い場合は堤防を直したうえでポンプアップしないと水は流れないのだ。

”誤用”事例の中で一番最後に紹介した『みんなで作る土木用語辞典』では「便宜上呼ぶ場合がある。」として”誤用”を紹介している。土木では本来の用語では間違っていると了解したうえで自分たちの目的に即した形に意味合いを意図的に広げて用いているのではないだろうか。

なお、国土地理院の2つの事例については土地条件図が比較的土木的な要素が強い地図だからではないかと予想されるがはっきりとしたことはわからなかった。

4.まとめ
所詮”誤用”は誤用ではあるが、地理学での本来の定義のほうが地形の分類という点で合理的なのであって、防災上のことを考えていないというのもまた事実である。
同じ用語を業界ごとに別々の意味で用いるというのは本来なら忌むべきではあるが、かといって土木の解釈を完全に誤りとして頭ごなしに否定するのは「地理学は役に立たない」といわれるだけである。現実として、人々の生活に沿っているのは土木の解釈なのだから。
私は地理学の世界では若輩中の若輩ではあるが、地理学としては本来の定義を守りつつ、他の分野では違った意味で用いられていると理解し、尊重することが必要だと提言したい。



2019年10月7日


参考文献
・三省堂(2006)『デジタル大辞林 第三版電子辞書版』
・建設省国土地理院(1985)『土地条件調査報告書(琵琶湖地区)』
・国土地理院(2000)『土地条件図「和歌山」解説面』
・国土地理院(2001)『土地条件図「岸和田」解説面』
・高槻市 都市創造部 下水河川企画課(2017)『高槻市水害・土砂災害ハザードマップ』
・粟津清蔵 監修、国澤正和、西田秀行、福山和夫 著(2018)『絵とき水理学 改定4版』
・国土交通省九州地方整備局 筑後川河川事務所 城原川の現状と課題(http://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/gaiyou/jobarudam/jobarudam/03damu.html)2019年10月16日閲覧
イッツコム 安心安全情報 防災インタビューVol.69 水害を防ぐために~先人の教えに目を向けて~(https://www.itscom.co.jp/safety/interview/276/)2019年10月16日閲覧
・みんなで作る土木用語辞典(https://doboku.ezwords.net/yougo/%E5%A4%A9%E4%BA%95%E5%B7%9D.html)2019年10月16日閲覧

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